石川 暢彦 (いしかわ のぶひこ)
福岡県歯科保険医協会理事
日歯連盟訴訟原告
福岡市中央区 勤務医
『続・口中の天地』( 後だしジャンケン ) 2011.7.24(2011.8月号)
- 福島の原発事故の報道は、正確な情報を出来るだけ知らせたくないという姿勢だと直感したので(後出しジャンケン)と名づけて書き始めた。その直感は的中した。けれども、“事実は小鋭より奇なり”という名文句がある。
今の原発事故関係のニュースはもはや私の懸念よりも先を行くようになった。九電のやらせメール然り、極めつけは、国が選んだ7人の発言者の人選の理由として「原発反対の人達が選ばれると会場が混乱するので」という言い訳! 結果的にはやらせメールが発覚して混乱に火を注いだ。九電の幹部は、「共産党と赤旗にやられた」と語ったそうだ。反対意見が出るのを嫌って人選する発想は、民主主義以前の封建制度や独裁政治のレベルの感覚だ。
先日、「BSテレビ朝日」が原発反対運動の先駆者として高木仁三郎氏のことを特集していた。東大の核物理学の研究者だった高木氏が、原発の恐ろしさを国民に早く知らしめようと、研究者の職を捨てて、反原発の市民運動に取り組まれたという話だった。その終わりに「16年前に、原発反対の声を上げた」というナレーションがあって驚いた。前回に書いたが、日本共産党の不破哲三元委員長が1976年、第二回目は1980年、三回日は翌年の1981年に、いずれも東大理学部出らしく原発事故の危険性を、まるで今回の原発事故を予言したかのように的確な国会質問を、30年も前からしている。しかし新聞やテレビなどのマス・メディアは、これほど明確な事実(国会議事録にのっている)さえもほとんど報道しない。
高木先生の反対運動は美談として伝えられても、あくまでパーソナルな美談としては知られるが、それは、世論にまでには広がらない。しかし共産党の国会議員が、20~30年も前から国会質問していたという、紛れようもない事実にはメディアが知らないふりをしている。そこに巨大な目には見えにくい圧力があるのだ。
原発公聴会の人選に、反対派を締め出そうとした動機を考えてみると分かり易い。高木さんと違って、共産党の言動は国民世論として広がる可能性があるから、「政・財・官」の「利権の、鉄のトライアングル」からは恐れられる。
私が今回の原発事故の報道のあり方を「後出しジャンケン」として取り上げた動機は、この事件の報道は“かならずボロを出す”と直感したからなのだ。それでも不破哲三著「『科学の目で』原発災を考える(150円)」、は売り切れ増刷をくりかえしているらしい。
医学の世界で流行っているEBMがEBP(poitics)として政治の世界でも普及して欲しい。異論・反論をいただければ、嬉しいのですが。
(2011年7月24日)
『続・口中の天地』( 後だしジャンケン ) 2011.3.30
- その①
- 3月7日、アメリカ国防省のケビン・メーア日本部長が、沖縄留学予定の大学生に対して国防省内でおこなった講演で「日本人は“ごまかし”と“ゆすり”の名人だ」と侮辱的な発言のニュースが報道された。
これに対して日本政府は「さしあたって、表立った抗議はしない」と~~。
ところが、政府の思惑に反して国民の怒りの反発が大きく、翌3月8日には一転して枝野官房長官がルース駐日大使に電話で「 沖縄県民や日本人の心情をいちじるしく傷つけるもので、容認しがたい」と電話で抗議したら、大使は「米国政府の公式の立場を反映したものではない 」と強調したそうだ。その後菅首相は「 そういう発言があったとすれば大変遣憾だ 」と述べたという。反発の大きさに驚いたように、アメリカは10日にメーア部長の更迭を発表した。
こんな政府の弱腰では、沖縄問題も基地問題も見通し暗い。国民の反発に驚いた(後出しジャンケン)だと怒っていたら。- その②
- 翌11日に東北関東大震災と大津波のニュースでテレビに釘付け。さらに翌12日には福島原発の事故・運転停止のニュース。原発事故に関して枝野官房長官の会見の口調が急に変化した。
例えば報道メディアの取材に対して、「 慎重に 」と何度も釘を刺した.まだ何も報道が始まる前にだ。そして原子力安全・保安院が報告をしだした。名前からして当然、科学的でニュートラルな組織だと思って聞いていたら、おかしい!あとで分かったが、原子力安全・保安院なるものは、政府の経済産業面に属する組織だった。
経済産業省は財界の意向を受けてか、原発推進を支持する姿勢なのだ。だからか、「 放射能はただちに健康に被害はない 」などという非科学的な発表ばかりしていた。さすがに日数演経って刻々事態の悪化ばかりになり、国民の不信感が強くなってくると少しずつ楽観的口調から、後出しジャンケンのように、しかたなく深刻さを言うように多少なってきた。
テレビに出てくる学者肩書きの発言の非科学性に、生命科学の一端を担う歯科医師は見抜いて、人々に知らせることが求められている。
「番外の夢」 №30(2010.1号)
- 私に「中医協から電話です」と。
- 「何か悪いことでも9」とドキドキしながら電話にでると『先生が「口中の天地」(15)で批判されました「非侵襲性歯髄覆罩」の名称について、これを読んだ中医協の支払側と学識側の委員から指摘を受けましたので、この件について改定の作業に入りました』ということ。ヤッターンと思った途端に目が覚めた。まだ初夢には早すぎる。
歯科協会の会議で、12月1日の日本歯科新聞の「中医協診療報酬基本問題小委員会」の記事が話題になったので、それが原因だったんかなあ。
▼新聞記事の一部です、『患者の視点に立った歯科医療では……、更に、患者から見て難解と思われる用語の見直しでは、「歯髄覆罩」は「歯髄保護処置」に、「非侵襲性歯髄覆罩」は「歯髄温存療法」に、等々への変更が提案された』『診療側の渡辺三雄(中医協歯科委員)日歯常務理事は「詳細な議論は日を改めて審議したいと語った」』
▼患者から見て難解な用語が、こんな文字に変えたら難解ではなくなるとでも思っているんだろうか。私は、「歯科医師でも判らん」と言っているんであって、患者に専門用語を理解してもらう必要なんか無い!歯科医師会指導者や・中医協歯科委員や日本歯科医学会の方々に対して、官僚や専門家からは笑い者にされていることに気付いていないのだろうか。真相は、おそらく私が指摘したように、その非科学性を消したかったんだろう。私に言わせれば歯科医学の底の浅さを露呈した「恥の上塗り」に過ぎない。
保険医協会などには、若い優秀な歯科医師が少なくない。そんな歯科医師が論理的に引っ張って行くような、今度はそんな夢を「初夢として」ぜひ見たい。
「終章(完)」 №29(2009.7号)
- 歯科医院経営は健全な国民皆保険制度によってのみ成り立つと思っています。その歯科保険が今ずたずたになっているというのが現状です。
例えば「補綴物維持管理料」に代表されるような、歯科医学の常識に反するナンセンスな解釈をいまだに廃止させられないこと、そのような諸々の積み重ねが、今日の窮状を招いた原因です。
或るまじめな先生が、「補管」を申請したあとは、ついつい、保存できるのに「抜歯」を、あるいは有髄治療できそうなのに「抜髄」したくなる、と言われました。
出来るだけ歯髄を保存しよう、出来るだけ歯を抜くまい、というのは歯科治療技術の目指す方向です。保険の解釈は、その方向にインセンティブ(意欲刺激)を持たせるようにすべきものです。しかし実際は逆方向、つまり改悪の方向に誘導しています。
この実情を世間の人々は殆んど知りません。患者さんは「良い歯科治療を受ける権利」を破壊されているのです。我々は世間やマスコミに対してもっと積極的に、「患者にも不利益な保険診療の規則が増えているんですよ」ということを訴えPRすべきです。世論を味方に出来れば、国や厚労省の巨大な力にも対等の勝負となり得ます。
世論(患者さん)と一緒になった反対運動をしていたら、例えば「義歯の6ケ月規制」や「補管」の規制は廃止もしくは改善させ得たと、確信を持って言えます。
歯科医師会の指導者や技官はよく「保険のルールを守るように」と言います。一見もっともな理屈ですが、例えば、「補綴管理料」のような間違った解釈でもルールはルールです。「こんなルール(解釈)は間違っている、ルールを廃止せよ」、という断固たる姿勢がありません。
▼歯科医師は口の中を診ることが仕事です。『口中の天地』に描いた絵、口の中の富士山は、口中から社会という天地をもっと見(診)ましょう、という私の願いからでした。
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▼1983年、吉村仁厚生省保険局長は「医療費亡国論」を発表。同年、土光敏夫臨調会長(元経団連会長)が行政改革推進審議会会長として強力な財政の抑制案を答申し、これを受けて社会保障費削減の流れが強化されます。健保本人の2割負担、国庫負担を激減させる退職者医療や介護保険、そして高齢者医療制度など、振り返ってみれば津波のような波状攻撃でしたが、日歯指導者は個々の決定の対応のみに追われて、臨調行革路線の狙いに対処することは出来ませんでした。
政府の基本政策を、長い時間軸で判断する習慣が日歯に無かったからです。ですから保険医協会が政治や国の政策に目を向けるのが何やら片寄った政治思想のように誤解されがちでした。社会という「天地」を見る常識が無かったのです。
▼『口中の天地』も29回目となってしまいました。これを以って終わりといたします。永い間、お読みいただきありがとうございました。
「終章(上)」 №28(2009.6号)
- 歯大最後の四年生になって早々、歯科医だった父が病に臥し余命数ヶ月の末期癌と宣告されました。当時は、政管健保や組合健保はありましたが、国保はまだ無く、従って歯科医師国保も存在しません。
つまり、父は無保険者でした。病院で母が毎回払っている金額を見てブッタマゲました。我が家の家計に余裕がないことは分かっていましたから、能天気な私も、家族を支えていかなければならないという現実を前に、卒後の進路決断を迫られました。
結果、卒業後すぐに父の医院を継いでやっていくということになって、今日に至りました。道幅ニメートルあまりの裏通りの医院に、二十四、五歳のヒヨコ歯科医師では患者も少なく、経営も四苦八苦でした。もちろん、気前のいい自費患者など望めません。
ところが、まもなく”国民健康保険制度”が実施されて、「国民皆保険制度」の実現となりました。治療費支払いの心配が無くなることで、受診抑制の壁が除かれることで受診率が爆発的に増え、私の医院経営も何かと救われました。
経済的負担が受診率に影響するのは当然ですが、その影響の受け方は医科よりも歯科のほうが遥かに大きく、それを医科よりも歯科のほうが「(受診率の)所得弾力性が大きい」と表現します。
自費収入を増やすということは、ワーキングプアや失業やホームレスが言われる世界的経済不況のいま、自費診療に経営の救いを求めるのは、極論すれば無いものねだりの絵に描いた餅と言ってもいいでしょう。
むかしの話ですが、高度な技術で信望を集めていた或る先生が、もう保険診療はしないと、保険医を辞められました。ところが、暫らくして再び保険医の指定を受けられました。実際は、保険証を持って来院した人が「コンサルテーション」という『説明!』によって、自費診療患者に変わった、ということです。
患者さんは保険証を持つことで気軽に受診したわけです。その後で、先生のコンサルテーションの技術と実力と、そして『好景気』がその先生の経営スタイルを支えたと言えます。
保険証が、歯科医院のドアを開けるパスポートの役目をしていたのでしょう。
このエピソードが示唆していることは、健康保険証を持っているということの重要性、有り難さを歯科医師はもっと強く自覚すべきです。しかし今や保険の内容はズタズタです。
保険診療で安心して経営が成り立つように内容の改善に向け行動することが最優先の課題です。それしか方法は無いと思っています。
「保険診療と自費診療の違い」 №27(2009.5号)
- 保険診療は、「点数と解釈」によって厳密に定められていて、裁量権が縛られるのに対して、自費診療は患者さんとの一般的な自由契約で成立します。
▼保険診療の採算性が悪くなり、歯科医院経営が苦しくなってくると、自費診療に活路を見出そうとするのは仕方が無いことで、私も同じ動機で「自費で何とか」という思いでいます。
自費診療を選ぶ歯科医師には、もう一つ別のタイプがあります。それは、良心的な良い治療をしようとすれば、保険のような低い点数では出来る筈がない。だから自費診療をするしかないのだというのです。
このタイプの先生の中には「低い点数で低レベルの診療をすることは歯科医師として恥ずかしいことだ」とまで言う人もいます。この論法は一見反論しづらいのでカリスマ的指導者として、信奉者も少なくありません。実際は、社会保障学的・公衆衛生学的視点から、この論理の矛盾は論破できます。
▼1959年(昭和34年)に国保が出来て、やっと国民皆保険制度が完成しました。これで国民は健康保険証で、いつでも、どこでも、誰でも治療代の心配をあまりせずに医者にかかれるようになり、国民の受診率は急上昇しました。以前に比べて医科診療所では5.45倍。歯科では7.09倍にもなりました。また、診療所の数では医科が1.84倍増に対して、歯科医院数は4.54倍。医科よりダントツに急増しました。
国民皆保険での歯科受診率の上昇は、長年6校だった歯科大学が、あっという間に30校近くまで増えたのも、国民皆保険による歯科需要の急増に起因することだったのです。保険制度の充実が歯科経営にとっていかに有り難いものだったか、社会保険医療制度を考えるうえで、歯科が忘れてはならないことです。
このことは、〃良心的な良質な歯科治療〃というのが、その高い治療代を支払える患者層、つまり少数の高所得者に限られることを自覚しなければなりません。
▼近代国家の必然として希求された社会保障制度の理念から実現した国民皆保険制度。〃良心的な良質な歯科治療〃の為にとして、そこからこぼれた患者さんをどうするのか、社会保障の視点からは、保険診療でも〃良心的で良質な歯科治療、〃を出来るように努力するのが歯科医師の責任であり義務です。保険医協会は、まさにその実現に向けて取り組むことを活動の原点としているのです。
▼医学教育上最も重要な公衆衛生学を、歯科医師法では医科と違って学ぶことを法律的に求めていないという致命的欠陥があり、本協会では法改正すべき課題として今取り組んでいます。保険医協会は名前の通り『保険医療の向上をはかる』団体であって、自費収入向上をはかる団体ではないことを、はっきりと認識する必要があります。
「日歯・(政治)連盟訴訟10周年に思う」 №26(2009.4号)
- 歯科医師「連盟」訴訟として口火を切った鹿児島訴訟(1998年)から、今年が10年目になる。さらに(2001年)には「日本歯科医師会」そのものを被告として、私たちが福岡訴訟を起こした。
その後、滋賀、京都、宮崎などで相次いで訴訟が起こされ総計21人の歯科医師が原告として立ち上がった。その全ての裁判で勝訴した。我々の主張の「正しさは証明されたが……でもホロ苦い。
それは、日歯の考え方が何も変わらず歯科界は破綻寸前で、そのことは全国の歯学部への入学志望者が半減(先月号既報)したように世間の目のほうが、とっくに見抜いてしまっている。
日歯の指導者だけが気が付かないのか、気が付かない振りをしているのか。もはや手遅れではないかという絶望感すら頭をかすめる。
写真の本は、東京新聞取材班が出版したものだが、表紙の「政策は金になる」「自民党・迂回献金システムの闇」(角川書店)云々、今の西松建設事件と一つも変わらない。
迂回献金の闇は今も昔も変わらないのは、この金蔓(かねつる)を手放したくない政治家が多いからだ。
◆本の中身をいくつか紹介すると、『臼田が自由自在に利用したのが日歯連の巨額資金だった。日歯連の年会費は一人3万5千円。全体で年18億円に上った』、『日歯連事件の特徴は1千万、2千万といった高額献金が、広範囲に配られたことだった』、『金額は、最終的に私(臼田)が決めた。
……自民党大物が2千、3千万円ということを考えると、平成研は、1億円くらいかなということで決めた』(臼田の法廷証言)。『判決理由の中で岡田裁判長は、臼田を「各犯行の首謀者」と認定。「医療行政に対する国民の信頼を失墜させた。犯行は組織性・計画性が高く、供与額も多額である。
中医協での公正な議論を通じてではなく、対立する立場の支払い側委員を賄賂で懐柔するという違法な手段を用いたことは動機にも酌量の余地はない」と厳しく述べた』
◆例え、政治献金の法律的善悪を抜きにして考えても、巨額な連盟会費が役に立つどころか、政治家や官僚の食い物にされてしまっていたというお粗末さは、私には耐え難いやりきれなさだ。
「日歯会長、権丈教授の独演会を拝聴」 №25(2009.3号)
- 日本歯科医師会雑誌1月、2号連載で「権丈教授に医療政策を聞く」というタイトルで大久保会長と梅村編集委員長の二人が聞き役で、約80ページもの独演会が繰り広げられました。
2ヶ月連続のトップ企画ということは、大久保執行部の考え方を提示しているもののように思われます。読んでみて下さい、私も我慢強く読み通しました。
学者が、その専門領域に関する意見を言うときは、聞く人が理解しやすいレベルの表現で発言するのが常識です。医者と患者との間のinformed consentの言い方と同じことです。対談の冒頭に早速「パレート効率」という言葉が出てきます。比較的、経済の資料をよく読んでいるつもりの私も知りません。
最後に注釈でも掲載されるのかなと思っていましたが、ありません。読む人に理解して貰おうという努力は全く見られません。
2005年7月に推薦した本、免疫学の多田富雄先生の「露の身ながら」で、『……(論文を)人に分らせる努力を惜しんでいるからでしょう。事実をロジカルに記載するだけでなく、感動を持って人に伝えることを心がけなければならない』と戒めておられます。
もっとも、権丈氏の場合は、歯科医師に分らせようという気はさらさら無くて、読者を〃煙(けむ)に巻く〃のが作戦だったと見ています。〃煙(けむ)に巻く〃の意味は「相手の知らないことを、一方的にまくし立てて、相手をまどわせ、訳がわからなくする」とあります。
権丈さんの意見は、何気なく読むと政府や厚生官僚の考え方を批判しているように見えながら、実は、財源論をはじめとして、今の政権の政策を大局的には容認しています。あれこれ長々しい表現を読み進むと、結局は「財源は消費税しかない」でした。
最後に会長は「医療費財源の御講演ありがとうございました」で座談会は終了しました。これが言いたかったようです。
本コラム(8)(9)において、日本歯科医師会雑誌2007年9月号の「後期高齢者医療制度と歯科医療の役割」の座談会を厳しく批判しました。これも厚労省・原課長の独演会でしたが、2009年の今となって、私の批判の正当性は疑問の余地もありません。
何でこんな愚かなものを会誌のメインに企画するのでしょうか。執行部の知性が疑われます。その意味で、いつものフレーズで閉めます。「これもまた官僚は冷静にそして冷ややかに、歯科医師会の能力を見透かしています」。
「不正請求そして不正改定」 №24(2009.2号)
- 「表」は、平成19年度の保険医療機関の指導・監査状況です。
- 表へ

歯科の監査件数は年々増えて19年度には41件となっている。医療機関数は医科がはるかに多いのに、歯科の件数の方がずっと多い。歯科治療の特徴は医科に比べて、治療内容の証拠が後々まで残るのが一つでしょう。
しかし、監査件数が年々増加する一方だということは説明できません。推測ですが、ひとつは年々苦しくなる一方の歯科医院経営が保険請求に無理を迫られることもありそうです。
今ひとつは、歯科の解釈が改定のたびごとに歯科医師にとって落とし穴となるような解釈が増えてきていることです。
「口中の天地」〈11〉 で『減算定とか点数消滅とか、厚労省が勝手に解釈を変更して歯科医院経営困難を加速させておりながら、厚労省は何の責任も問われず、リスクも負わないではないか』と書きました。
大久保日歯会長は、去年の年頭挨拶で「歯科経営が、もはや崩壊寸前になっている」と訴えていましたが、歯科中医協委員はなぜこんな理不尽を許したのでしょうか、渡辺中医協委員は、歯肉息肉除去など特掲診療料の点数を消滅させてまでして、たった2〜3点の初・再診料アップを認めたことを「苦渋の選択だった」と語っていますが、治療上の必要から、例え歯肉息肉除去や義歯の補強線などをしても赤字のタダ働きです。
日歯会長さえ経営崩壊の危機と言っているなかで、赤字のままの治療はできないので、何らかの無理な請求をして、調査されたとしたら……。
間違いなく歯科医師の不正請求になります。そして指導官は不正は許さんと訓示します!
日歯はこの落とし穴に何の批判行動も起こしていません。かえって医師で共産党の小池晃参議院議員から、この30年間で診療報酬が変わっていない項目が73項目もあると助言される始末です。
昨年から当協会が取り組んでいる個別指導などに対する、希望者への弁護士帯同(立ち会い)は、当初の予想以上の成果を挙げています。- 「不正請求者を擁護するのか」という批判がまったくの誤解であることは、この『不正改定』のワナを考えるだけで充分でしょう。
保険制度は国と保険医との契約です。プロ野球選手の契約に専門の弁護士が関わることが今や常識にまでなったように、保険医の指導に弁護士が立ち会うことは当然のことです。法律専門家の帯同はむしろ遅すぎたくらいです。
「メディアリテラシー」 №23(2009.1号)
- メディアリテラシーとは、「マスコミが収集した情報(ニュース)を分析して活用する能力」という意味です。
マスコミは、集めたニュースをできるだけ公平忠実に報道する責任があります。憲法第21条には「言論、出版、その他一切の表現の自由は、これを保障する」としています。
前回〈22〉では、前経団連会長でトヨタの奥田相談役が「私はマスコミに対して報復してやろう。スポンサーをやめよう」と発言したことを問題にしました。
マスコミはこの発言だけ報道して、報道の自由の侵害については批判しませんでした。マスコミの経営が、広告収入に頼っている限り、正しい報道の自由はあり得ないのでしょうか。
「しんぶん赤旗」は「トヨタ6社の利益見通しが9千億円あり、株主配当は5倍、内部留保は17・4兆円もあり、雇用を守る力はある」と断じています。
この分析はキャノンやいすずなどに対しても同様です。
大学新卒の内定取り消しについても、内定の時点で労働法上の契約は成立しているのだから、取り消しは解雇に等しい、と声をあげたとたんに企業は50万、100万という金を「迷惑料」として出しました。
企業は労働契約法違反であることをすでに知っていたのです。広告スポンサーにも企業献金も貰わない共産党には札束による脅がしが効かないのです。大企業などから敵視される訳です。
それでも14日の赤旗紙1面では、経済同友会副幹事の三国陽夫さんが「共産党の経済政策は、私の以前からの主張に重なります。賃金は、外需主導型経済では削るべきコストです。
一方、内需主導型では市場、つまり購買力になりますから上げるほうがいい。今必要な景気対策は雇用を増やすことだ、という考え方に同感ですね。」
政治的立場の右か左かが問題ではなく、主張が正しいかどうかの問題だという、極めて当たり前のことが通用する時代に近づきつつあるようで嬉しいことです。
年収2百万円以下の労働者が全体の3分の1と言われる、そういったワーキングプアの人たちは歯科受診どころではないはずです。こういったことは歯科医院経営とも切実な関係にあることは言うまでもないことです。
… ◇ … ◇ … ◇ …- 〈日歯会長選挙について〉
- 次期、日歯会長選挙は大久保現会長と津曲雅美氏の選挙となりました。津曲氏が一会員として、〃末端会員〃からとして声を上げているのがいい。国民や厚労省に「これは出来ません」と「本当のことが言える」団体に変えるため。というのが『口中の天地』的視点として共感します。大久保氏は、「検討会」や「国民会議を設置し」などと、のんきな話しです。そんなのんきな時なんですか?
「大企業の情報操作」 №22(2008.12号)
- 11月13日の新聞各紙は、前経団連会長でトヨタ自動車の奥田碩相談役が「厚生労働行政の在り方に関する懇談会」で、テレビの厚労省に関する批判報道について「あれだけ厚労省がたたかれるのは異常な話。正直言って、私はマスコミに対して報復でもしてやろうかと(思う)。スポンサーを引くとか」と発言。
さらに「正直言って、ああいう番組のテレビに出さないですよ。特に大企業は。ああいう番組に出てくるスポンサーは大きな会社じゃない。いわゆる地方の中小。流れとしてはそういうのがある」と話した。(朝日新聞一より)
いまテレビ・新聞などの経営はスポンサーの広告収入が最大の収入源だという。トヨタなどの大企業にスポンサーを降りられたら、各社は経営破綻問題だろう。大企業の広告料という札束による脅しです。だからマスコミは大企業に対して睨(にら)まれる記事は書けないのです。
例えば、いすず自動車が11月20日までに、派遣等非正規労働者の計1千4百人を全員解雇する方針を発表。新聞各社もこれを報道しました。
ところが「しんぶん赤旗」は『いすずは減産を理由にしていますが、営業・経常利益ともに6百億円を見込み、株主配当も配当増としており、雇用を維持する十分な体力があり、全員を解雇する道理がない』と、踏み込んだ記事です。
6百億円の利益で株主配当も増やしたのに、契約期間の終わらない派遣労働者全員解雇では、世間は納得しません。「しんぶん赤旗」は大企業の広告も献金も貰っていないので、一般新聞のようにスポンサーに遠慮する必要がありません。
人類は、人工衛星によって初めて月の裏側を知りました。「しんぶん赤旗」は情報の知らされない空白を教えてくれます。
次は、12月7日、経団連会長御手洗氏が会長のキャノンが約1千2百人の解雇の予定と報道されました。そして記事は「社内にため込んだ余剰金は3兆3千億円。この1年間でも2千8百億円増やしていて、雇用を維持する十分な体力はある」としています。
国会では麻生首相は、雇用の維持を経団連にも「要請」したそうですが、志位委員長は「要請では足りない。政府として厳しい指導と監督を」求めたとあります。
政策の視点を金や権力のあるなしに係わらず、国民全体(有権者)のために、と向けようとしている。そこが肝心な点です。
「協会活動の正当性」 №21(2008.11号)
- 最近、地殻変動と言っては大げさですが、歯科医師会の先生方と話していて何か大きな様変わりを感じるような印象を受けることが多くなりました。
これまで私の言動に批判的だった人たち(誰一人として面と向かって反論してきた人はいませんでしたが)が、あまりそのような態度を示さないどころか、むしろ積極的に話し掛けて来られる機会が多くなった気がします。
何が原因でこんなに急変したんだろうと考えて見ました。
結論は、大久保日歯会長さえも今年正月の年頭所感で『歯科経営が、もはや崩壊寸前になっている』とまで言わざるを得ない現状に対して、歯科医師会の皆さんが、何をどうしていいのか判らない自信喪失感なのでしょうか。
私の今までの意見が多少ながら容認を示されたのかも知れません。そんな方々も、非正規雇用や後期高齢者医療・ワーキングプア・不況のことなどを話されますが、いずれの話題も歯科医師会から発信された情報ではなく、新聞やテレビなどマスメディアから得られた知識であるようです。
歯科界の深刻な現実と世間で起こっている様々な現実とが、どう関係し合っているのかを、歯科医師会では具体的に議論して来ていませんから、そのつながり合いがよく理解されていません。
社会現象と歯科界の現象とは、深く密接に関係し合っているという至極当たり前の関係が理解できなければ今日の深刻な問題の解決策は一歩も前には進めません。
非正規雇用のワーキングプア層が、労働者の三分の一、若い年齢層の二人に一人だというニュースは、即、歯科受診数の減少に直結していることや、株価暴落の不況は即、優先順位の低い歯科有病者の受診抑制につながることは自明のことです。
歯科医師会が『非正規雇用を是正せよ』、という声を上げても当然なのですがそんな声は聞きません。消費税増税が歯科経営にどう響くかという分析も聞こえません。
保険医協会が社会の様々なことがらに目を向けること、話題にすることを、思想的偏向だと思っていたりする人たちこそが、今そこに目を向けるべき緊急の課題です。
保険医協会が永年、主張し提言してきたことの正当性が誰の目にもはっきりして来ました。
歯科医師会も保険医協会と手を携えて動くべき時代でしょう。
「自費と保険」 №20(2008.10号)
- 日本歯科医師会は平成18年5月「日歯広報」の『湘南宣言』で混合診療を指向する方針を発表した。
日本歯科医学会の江藤一洋会長が「歯科医療再生の道をさぐる」と題した講演で、日本の歯科医療の再生のためには「……軽々には補綴を外すというわけにはいかないが、そうしない限り歯科医療費の総枠を拡大することは難しいのではないか」とし「これは日歯が言うと政治問題になるが、学会なのでひとつの、あくまで学術的な提案だ」(医歯薬新報)。
補綴を外せば歯科医療費の総枠が拡大するとでも思っているなんて、信じられないほどの馬鹿げた理解だ。それが歯科医学会の会長発言なんだから呆れてしまう。
歯科健康保険医療費に補綴が占める割合は約45%、歯科医療費約2兆5千億円のうち1兆1千億円となる(日歯広報10月5日号)。
こんな大金を「はいそうですか」と、補綴外の項目にまわしてくれるなんて百パーセントあり得ない。
じゃあ歯科医師会のほうはどうかと言うと、中医協委員である日歯の渡辺常務理事は「基本診療科である初診、再診料の引き上げは簡単なようで非常に難しい。今回、これを引き上げるために、ラバーダムと息肉除去を敢えて切って、貼り付けた。基本技術料である初・診の重要性のために苦渋の決断として2項目を切り、引き上げを訴えた。」(第161回・日歯代議員会)
渡辺中医協委員には、特掲診療料項目を、点数を引き下げるどころか点数消滅させてまでして、初・再診を僅か2~3点上げることが、苦渋の選択程度のことだったんだろうか。「口中の天地」⑩に書きましたが、110点だった歯肉息肉除去が55点に半減したのも酷い話ですが、今度は点数表からの消滅です。そのもたらす傷は、苦渋の選択どころではありません。歯科医師に対する、許しがたい犯罪的選択です。
電気メスなどによる処置は、今日の歯科治療における重要な特掲診療項目です。湘南宣言の趣旨は、評価療養(先進医療)の活用だと大久保会長は言っている。今ある確立した特掲診療項目を消滅させてまで先進医療を追いかける姿勢には、年頭の挨拶で「歯科経営が、もはや崩壊寸前になっている」と訴えておられるが、医科における先進医療導入の流れに遅れまいとして、歯科もというのであればナンセンス。
まず特掲診療科から消されたり減らされたりした点数の復活を求めるほうが、もっともっと効果的で、中医協などの合意も得やすいはずです。
「一物二価」 №2(2007.4号)
- 1997年日本歯科新聞社長からコラムを書くよう依頼されました。以前から歯科界の視野の狭さを感じていて、「木を見て森を見ず」でなく「木を見て森も見て」欲しいと思い、そのことを書きました。
歯科医師は「口の中」を診ることが仕事です。中国の故事に「壺中の天地」という言葉があります。
歯科医は口の中を通してどれだけ社会という「天地」を見ているだろうか? そこを見なければ医療の本質は見えて来ない。その願いを込めて「口中の天地」という題で連載しました。
あれから10年、「森を見ない」弊害は増すばかりです。今回はその続編のつもりで書こうと思っています。
▼さて、約20年前、歯周病治療の保険大改定が行なわれました。ペリオの治療が、PⅠ型とPⅡ型に分けられて、そのどちらかのコースを選択するのです。「治療計画書」を必要とするPⅠ型は、治療計画書を必要としないPⅡ型の2倍の点数設定でした。例えば、歯肉剥離掻爬手術(Fop)はⅠ型で1500点、Ⅱ型は半分の750点です。
Ⅰ型Ⅱ型と言っても、手術方法に違いはありません。
元来、診療報酬算定の基本原則は、一つの行為に一つの点数というのが前提で、これが「一物一価」と言われる原則です。この原則が崩されて「一物二価」が、はじめて公然と市民権を得たのです。
Ⅰ型の点数が高いのは、「治療計画書」を作ることに対してですから、「治療計画書」に点数をつけるのが当然ですし、これなら一物一価の基本原則も崩されなくて済んだのです!
これに対して歯科医師会は何の反対運動も起こさずこれを放置して来ました。前回にも書いたように、官僚や政治家はこれを冷静にしかも冷ややかに見ていたわけです。
▼……で、その結果はどうなったでしょうか? 今やP検査や義歯修理など、「所定点数の二分の一算定」というような解釈が、大手を振ってまかり通っています。- 歯科医学的常識に照らして「おかしい」「なぜか説明してください」と問いただすことが必要でした。
医学常識を護るということは決してエエカッコしいではありません。
歯科が、厚労省などと対等に渡り合える唯一最強の手段であり、学術団体である公益法人日本歯科医師会の本来的活動であり、患者・国民からも信頼される活動です。
こんな活動だったら、さすがの官僚も政治家も、冷静にそして冷ややかに、などと傍観しては居られません。
彼らの方針が、歯科医学常識に反するものだったと判れば、彼らのほうが逆に患者・国民を敵に廻すからです。
「一言はがき」「保険改定」 №13(2007.3号)
- ▼【一言はがき】十二月号の「主張」に対して“一言はがき”を頂きました。
内容は『健康保険法は法律であり、保険医は法律に従って診療することを了解しているはずであり、違反すれば“当然”に罰則を受けます。
保険医は法律に従って診療するということを了解しているはずです。お互いに対等な立場で契約した“双務委任の契約”であり、自由です。』続けて『従って契約には、法律上の指導、個人指導はありません』です。
前半は同感ですが、後半は違います。健康保険法の(厚生労働大臣の指導)第七十三条には「保険医療機関及び保険薬局は療養の給付に関し、保険医及び保険薬剤師は健康保険の診療又は調剤に関し、厚生労働大臣の指導を受けなければならない。」と健康保険法の契約の中に明記されています。
私達保険医は、その“指導を受けること”を含めて保険医契約をして、保険医の指定を受けているのです。“双務契約”としてです。
「口中の天地」に書いたように、最近は、点数改定のたびに青本の解釈によって一方的に「点数が消滅」したり「点数が減算定」になったりです。
もともとは、対等平等な『双務契約』のはずが、改定のたび毎に保険医側に不利な『不平等契約』の度を強めて来るばかりです。契約と言うのは、両者がお互いに自分に有利なようにと綱引きに努めます。今や綱引きは国側の一人勝ち。実質的な不平等契約の連続です。
▼【保険改定】四月の保険改定の内容がかなり判明してきました。歯科医師会の指導者の中には3%アップか?などと楽天的な声も聞かれましたが、何処を見ているのでしょうか。
例えば外科項目である「歯肉息肉除去」が、今回、初診再診料という「基本診療料」に含むという一言で廃止されました。
「口中の天地」に書いたように110点⇒54点⇒0点に科学的根拠はありません。「基本診療料」に「特掲診療料」の項目を合体させるなんて、歯科の健康保険のルールを自ら破った国の契約違反です。
「口中の天地」で二回にわたり、日歯雑誌の「後期高齢者医療問題」の座談会を批判してきましたが、やっと謎が解けました。2月13日、中医協に出された諮問書の中に『在宅歯科医療の推進(後期高齢者を含む)』となっていました。
在宅歯科医療イクォール後期高齢者医療なんて、日歯はこんな馬鹿げた論理を会員にも諮らず受け入れました。もはや日歯は学術団体ではありません。歯科医師会の堕落です。
今度こそ、厚生官僚や政府は、“冷ややかに”ではなく“高笑い”しているでしょう。
「厚労省の意見募集」 №12(2007.2号)
- 平成20年度診療報酬改定について、1月18日、中医協に諮問がされました。同時に広く世間に、改定についての意見募集を求めました。
歯科協会からの連絡で、この事を知り、私も意見書を次のように提出しました。項目番号:11-6「歯科診療の充実について」
『12月の厚生労働委員会での小池晃議員(共産)が出された質問主意書に対する政府答弁で、ここ20年間、歯科診療報酬が変わっていない項目が73項目にも及ぶことが明らかにされました。
小池議員は歯科新聞社のインタビューに答えて「73項目の中には、X線画像診断・印象採得・歯周治療・加圧根充・鋳造歯冠修復など、歯科医療の基本的技術が殆ど含まれている」、「20年の間には、消費者物価は1・5~2倍となっており、歯科医業の収支は驚くほど長期にわたり相対的に悪化し続けたことになる。」と発言された。
▼歯科診療報酬の数多くが20年間据え置かれたことは大問題ですが、現実は、更にもっともっと深刻です。それは、毎回の点数改定のたびに『消滅させられた点数』や『点数を大きく減らされたり』が何の理由説明も無く続けられていることです。
例えば歯牙欠損の治療として重要な“有床義歯”では、その装置の一部分である、補強線や蝋着の点数が突然消滅しました。“有床義歯”の点数が低すぎるという意見が言われ続けたなかにです。
今回改定では、高齢者医療の問題が大きなテーマの一つですが、歯科分野における高齢者の疾患として、歯牙欠損の治療としての“有床義歯”の重要性は、言うまでもありません。20年間、73項目の放置以上に残酷な「点数のマイナス算定」が続いているわけです。
大久保日歯会長は1月5日の年頭所感で「歯科経営が、もはや崩壊寸前になっている」と訴えざるを得ない現状です。
このことは、今回の「診療報酬改訂の基本方針」のなかの「口腔機能の長期的維持」のためにも、20年間放置されてきた多くの歯科点数の見直しと共に、消滅させられた既得の点数の回復・復元を、切に望むものです。』
保団連・各協会からは、多数の意見が提出されたようですが、締め切りの25日までに日歯から意見が出されたのか不明です。経営崩壊の危機なら、直ちにあらゆる手段で行動すべきです。厚労省官僚は今回も歯科側のパブリックコメントの反応を冷静に観察していることでしょう。
「受領権の剥奪」 №11(2007.1号)
- 前回は、歯科点数改定の度に「減算定」とか「点数を消滅させたり」とか、厚労省が勝手に解釈を変更して点数を削って医院経営困難を加速させていながら、厚労省は何の責任も問われず、リスクも負わないではないかと書きました。
点数を削ったり消したりと、無償の治療を保険医に強いる権利は国にはありません。
医師法には「利益追求を主たる目的にしてはならない」とあります。
この意味は、普通の会社や商店は、利益追求を主たる目的としても構わないのですが、医院経営では「医療行為」が主目的であって利益追求は主目的であってはならない、という意味です。
だからこそ逆に医療における出来高払い制度の点数設定では、個々の点数が、たとえギリギリでも赤字にだけはならない点数設定である必要があるのです。- 中医協で、歯科の代表がこのことについて、どれだけ理解しているのかは???です。
このように、大きな利潤を得られない点数設定の仕組みのもとでは、経営の立場からは、みすみす赤字となるような治療行為は回避せざるを得ません。しかし他方で、医師法には「応需の義務」というのがあり、赤字になるからと言って診療拒否などしてはならないという「医師の義務・責任」があります。- ずばり言うと、赤字点数では、医療者は何とか赤字になる治療行為を避けようとするのは自然の成り行きでしょう。
このことを、被保険者である患者さんの側から見ると、本来、被保険者として当然受ける権利のある治療行為が、受けられない、もしくは受け難いことを意味します。この意味を、歯科医師側も充分認識していないように思います。
被保険者の「診療を受けるの権利」の抑制もしくは剥奪について、国民は殆ど知りません。
国の一方的な点数抑制や削減は、歯科医師を窮地に追い込むだけでなく、患者さんの「受給権の剥奪」でもあることを、もっと世間に知って貰う努力をすべきです。
その努力によってこそ、世論の理解と支持が得られて厚労省をも動かす大きな世論にもなるでしょう。でなければ、歯系議員の一人や二人動いても絶対に歯科保険は改善されません。

